印欧祖語からの分岐①(アナトリア仮説)

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タイトル画像:Ilhan Cengiz (original author), Satoshi Kondo (update of 2018) [CC BY-SA]

印欧祖語(インド・ヨーロッパ祖語、Proto-Indo-European、PIE)は、インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)の諸言語に共通の祖先(祖語)として、理論的に構築された仮説上の言語です。
いつ頃のことかというと、2つの説があります。

  • アナトリア仮説:8,500年前(BC6500年)にアナトリアで話されていた。
  • クルガン仮説 :7,000~6,000年前(紀元前5千年紀)にロシア南部で話されていた。

いずれにせよ、文字の存在しない先史時代のこと。言葉はすべて口伝により子孫へと受け継がれたため、記録が一切残っていません。
そのため、祖語から派生した言語(子孫言語)からの推定によって、再構が進められています。
本サイト(あるいは、語源辞典やWiktionary) が扱っている「印欧祖語」 とは、理論的再構によってつくられた「仮説上のことば」ということになります。

さて、印欧語族(インド・ヨーロッパ語族)は、時代とともに、母語である印欧祖語から分岐し、それぞれの道を辿っていきます。

ニュージーランド・オークランド大学のラッセル・グレーとクェンティン・アトキンスン(Russell D. Gray, Quentin D. Atkinson)の言語年代学的研究によれば、インド・ヨーロッパ祖語は約8700(7800–9800)年前にヒッタイト語につながる言語と、その他の諸語派につながる言語に分かれたという結果が出て、アナトリア仮説が支持された。
グレーとアトキンスンは、この語族の87言語の基本単語2,449語について、相互間に共通語源を持つものがどれほどあるかを調べ、言語間の近縁関係を数値化し、言語の系統樹を作成した。[中略]
Gray & Atkinson 2003による、系統樹と、祖語の年代を以下に示す。年代の単位はBP(年前)。()内はブートストラップ値(グループの確実さ)で、不確実な分岐も図示されていることに注意。

Wikipedia > インド・ヨーロッパ語族 > 印欧語族の歴史 > 系統樹と年代

上記によると、各語派(の先祖)の、印欧祖語からの分岐年代(アナトリア仮説)は、つぎのようになります。

  • ヒッタイト語の先祖 8,700年前
  • トカラ語派の先祖 7,900年前
  • ギリシャ語・アルバニア語の先祖 7,300年前
  • インド・イラン語派およびアルメニア語の先祖 6,900年前
  • バルト・スラヴ語派の先祖 6,500年前(さらに、バルト語派・スラヴ語派の分岐 3,400年前)
  • ケルト語派の先祖 6,100年前
  • イタリック語派・ゲルマン語派が残り、イタリック語派・ゲルマン語派の先祖に分岐 5,500年前

この仮説から、つぎのことが分かります。

  • 印欧祖語は、8,700年前より以前に成立した。(いつ成立したかは不明。)
  • 8,700年前に最初の分岐(ヒッタイト語)を果たして以来、6,100年前にケルト語派、イタリック・ゲルマン語派に分岐するまでの2,600年間は、(変化を遂げつつも)印欧祖語本体としての命脈を保っていた。

その後、各語派の成立は、つぎのとおりです。

  • ケルト語派 2,900年前:ケルト・イタリック・ゲルマン・バルト・スラヴ共通先祖の独立(6,500年前)から3,600年後
  • ゲルマン語派 1,750年前:同上共通先祖の独立(6,500年前)から4,750年後
  • イタリック語派 1,700年前:同上共通先祖の独立(6,500年前)から4,800年後
  • スラヴ語派 1,300年前:同上共通先祖の独立(6,500年前)から5,200年後
  • ギリシャ語派 800年前:ギリシャ・アルバニア共通先祖の独立(7,300年前)から6,500年後

ギリシャ語の成立は最近だということが分かりますが、ギリシャ語・アルバニア語の先祖が印欧祖語から独立(7,300年前)してから、ギリシャ語成立(800年前)までの6,500年間は、「始原ギリシャ語・アルバニア語」ともいうべき状態で、非常に長い時を過ごしたことを示しています。
(6,500年という長期間に、印欧祖語から大変化を遂げたのか、逆に、印欧祖語の特徴を長期にわたって温存したのかは、上記仮説では分かりません。)

現代の西欧・東欧諸語にとって画期であったのは、6,500年前。ケルト語派・イタリック語派・ゲルマン語派の共通先祖と、バルト・スラヴ語派の先祖が、印欧祖語から分岐した年代です。

バルト・スラヴ語派の先祖(現代の東欧諸語の先祖)は、印欧祖語からの分岐(6,500年前)後、 バルト・スラヴ語派成立(3,400年前)まで、3,100年間のゆっくりした熟成期間があります。
私は、3,100年の間、印欧祖語の特徴は長期にわたって温存された、と考えています。

これに対して、イタリック・ゲルマン語派の先祖(現代の西欧諸語の先祖)は、印欧祖語からの分岐(6,500年前)後、イタリック・ゲルマン語先祖の成立(5,500年前)まで、1,000年しか過ごしていません。
この1,000年という比較的短い期間に、こちらの系統は早々と新しい語派として独自の特徴を獲得し始めたのだろう、と考えています。

このように考えると、「東欧諸語と西欧諸語の間に大きな隔たりがある」ということは、少なくとも納得できますね。

今回とりあげた「アナトリア」仮説は、2003年に提唱されたもので、定説ではありません。(定説は、次回紹介する「クルガン仮説」です。)

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